映画の後には紅茶とお菓子を

百合とアニメと映画の感想

ケネス・ブラナー監督『オリエント急行殺人事件』はウィリアム・シェイクスピア作品

オリエント急行殺人事件
原題:Murder on the Orient Express
製作年:2017年
製作国:アメリカ合衆国、マルタ


ケネス・ブラナー監督・製作・主演、マイケル・グリーン脚本、アガサ・クリスティ原作。
豪華な役者陣、ハリス・ザンバーラウコス撮影監督による65mmフィルム撮影の綺麗な映像、美しい美術と衣装、パトリック・ドイルの音楽。
おもしろい。ケネス・ブラナー監督による名作小説の素晴らしい料理。

 

 

 

 

 

 

感想

Hercule Poirotの名前は今作ではエルキュール・ポアロではなくエルキュール・ポワロと翻訳されている。もともと小説の日本語訳でも、翻訳者により両方の表記があるので。

イスタンブールの駅で車掌ミシェルの行先案内に始まり、ブークがポワロの部屋を用意するよう車掌に指示を出し、オリエント急行に乗車したエルキュール・ポワロが客車を通り抜けながら他の乗客たちと挨拶をする。2分30秒の長回し。これによって乗客たちの紹介と、オリエント急行そのものを見せることができる。巧みな演出。また、長回しのわざとらしい技術力アピールにならない、さりげない演出。

エドワード・ラチェットが乗車した直後の、鏡に映った顔の表情を撮影。

建物内の登場人物の行動を真上から見下ろす演出はスティーヴン・スピルバーグ監督『マイノリティ・リポート』を思い起こさせる。長回しで撮影し、被害者の死体を観客に見せない。通路での会話とドクター・アーバスノットの検案(検死)。ポワロが自室に戻りブークから事件の捜査を依頼されるまで。2分5秒。

様々な背景の俳優のキャスティングだけでなく、人種差別を話の中に組み込んでいる。最初は捜査に乗り気ではなかったポワロがブークに説得される材料にもなっている。

ポワロがラチェットの死体と部屋の捜査をする場面も真俯瞰で。ゆっくりとカメラが下りて近づいていく。ディープフォーカス。36秒。

乗客によって聴取の場所を変えている。メアリ・デブナムが言ったように「それぞれに合わせた環境で真実を引き出す」というポワロの手法であり、また様々なセットや風景のマットペインティングを使うことで画面が単調にならないようにしたケネス・ブラナー監督の演出。

エルキュール・ポワロ「しかし犯罪が異常な行為だということは知っています。他の人間の命を奪うためには魂が粉々に砕けるような思いをするはずです」
精神病質者(psychopath, サイコパス)はどうなのだろうか。

防音や断熱のためのペアガラス越しに撮影して登場人物を二重・三重に映す。人間の多面性を表現する演出。

「だが今は何もできない」と憂いを浮かべるポワロを、窓ガラスの反射とともに見せる演出。

ケネス・ブラナー監督は、場面の合間に風景ショットを挿入したり、登場人物を車外に連れ出す展開にしたり、風景を積極的に見せる。

推理を披露するためにポワロが向かった先は、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』。

12人でラチェット(カセッティ)を殺害する場面は悲しい。哀しい。
そしてキャロライン・ハバード夫人ことリンダ・アーデンが自死しようとした場面。
まさか『オリエント急行殺人事件』で泣くとは思わなかった。

乗車した時と同じように下車するときも長回し。今度はポワロの後を追うステディカム。1分30秒。
ジョン・アームストロング大佐の手紙へのポワロの返事を添えて。
事件に関わった人たち全員が待つラウンジを通る演出が心憎い。

「心に平穏が訪れますように。すべての心に」

そしてケネス・ブラナー監督・主演の『ナイルに死す』("Death on the Nile")に続く。2020年10月3日追記:最後のシーンは『ナイル殺人事件』に続く、という布石。『ナイル殺人事件』が2020年12月18日公開予定。

 

 

結論

シドニー・ルメット監督、アルバート・フィニー主演の『オリエント急行殺人事件』は素晴らしい。そしてケネス・ブラナー監督・主演の2017年版は1974年版とは違う意味で名作。

ケネス・ブラナーが何故『オリエント急行殺人事件』を監督しエルキュール・ポアロを演じたのかわかったような気がする。『オリエント急行殺人事件』はウィリアム・シェイクスピアの戯曲のようだから。事件を通して描かれる登場人物たちの苦悩は、まるでシェイクスピア作品の登場人物の描写。
ケネス・ブラナーは若い頃ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで活躍、仲間とともにルネサンス・シアター・カンパニーを設立(ケネス・ブラナーが映画製作に軸足を移したため1992年に解散)。長年ウィリアム・シェイクスピア作品を演じ、舞台や映画を作り、母校である王立演劇学校の校長を務めているなど若い役者を育ててきたシェイクスピア俳優。

 

ケネス・ブラナー監督『オリエント急行殺人事件』はDolby Vision(ドルビービジョン)とDolby Atmos(ドルビーアトモス)で制作された。
日本で初めてDolby Cinemaが導入されたのは2018年11月のT・ジョイ博多。今年MOVIXさいたま、梅田ブルク7丸の内ピカデリー3がオープン。
ドルビーシネマ劇場で観てみたかった。2020年10月3日追記:ナイル殺人事件』はDolby Cinemaで観ようかな。

 

 

2020年10月3日追記

草刈正雄のお芝居が『真田丸』の真田昌幸をほうふつとさせる。

レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』に寄せて考えるなら、エルキュール・ポアロは堕天使。吹き替え版では、堕天使が言葉でイエス・キリストの弟子たちを堕落させようとしている。

一方、ケネス・ブラナーエルキュール・ポアロは宗教者。格好をつけたお芝居。

オリエント急行神の国に通ずる鉄道。

 

 

スタッフ

監督:ケネス・ブラナー
脚本:マイケル・グリーン
原作:アガサ・クリスティ
製作:リドリー・スコット、マーク・ゴードン、サイモン・キンバーグ、ケネス・ブラナー、ジュディ・ホフランド、マイケル・シェイファー
製作総指揮:アディタヤ・スード、マシュー・ジェンキンス、ジェームズ・プリチャード、ヒラリー・ストロング
撮影監督:ハリス・ザンバーラウコス
編集:ミック・オーズリー
音楽:パトリック・ドイル
製作会社:キングバーグ・ジャンル、ザ・マーク・ゴードン・カンパニー、スコット・フリー・プロダクションズ
配給:20世紀フォックス

 

キャスティングディレクター:ルーシー・ビーヴァン

プロダクションデザイナー:ジム・クレイ
美術監督:Dominic Masters as supervising art director; Andrew Ackland-Snow, Will Coubrough, Charlo Dalli, Jordana Finkel, Philip Harvey
セット装飾:Rebecca Alleway, Caroline Smith
衣装デザイン:アレクサンドラ・バーン

supervising sound editor: James Mather
re-recording mixer: Mike Prestwood Smith

特殊効果スーパーバイザー:David Watkins, Kenneth Cassar on Malta unit

視覚効果スーパーバイザー:George Murphy; Patrick Ledda for MPC; Peter Hume, Vincent Poitras for Raynault VFX, Mathieu Raynault for Raynault VFX, Sylvain Theroux for Raynault VFX
視覚効果プロデューサー:Jacynthe Côté for Raynault VFX, Josiane Fradette for Raynault VFX, Helen Judd, Veronique Messier Lauzon for MPC

 

日本語吹替版スタッフ
翻訳:野口尊子
演出:杉本理子
日本語版制作:ACクリエイト株式会社

 

キャスト

エルキュール・ポアロケネス・ブラナー(草刈正雄)
ドラゴミロフ公爵夫人:ジュディ・デンチ(山村紅葉)
ブーク:トム・ベイトマン(中村悠一)
キャロライン・ハバード夫人:ミシェル・ファイファー(駒塚由衣)
エドワード・ラチェット:ジョニー・デップ(平田広明)
メアリ・デブナム:デイジー・リドリー(永宝千晶)
ゲアハルト・ハードマン:ウィレム・デフォー(家中宏)
ピラール・エストラバドス:ペネロペ・クルス(高橋理恵子)
ドクター・アーバスノット:レスリー・オドム・ジュニア(綱島郷太郎)
エドワード・マスターマン:デレク・ジャコビ(小田桐一)
ヘクター・マックィーン:ジョシュ・ギャッド(石上裕一)
エレナ・アンドレニ伯爵夫人:ルーシー・ボイントン(清水理沙)
ピエール・ミシェル:マーワン・ケンザリ(玉木雅士)
ヒルデガルデ・シュミット:オリヴィア・コールマン(米丸歩)
ビニアミノ・マルケス:マヌエル・ガルシア=ルルフォ(中村章吾)
ルドルフ・アンドレニ伯爵:セルゲイ・ポルーニン(岩川拓吾)

米本早希
山本祥太
富樫美鈴
青木崇
菊池通武

www.fukikaeru.com