映画の後には紅茶とお菓子を

百合とアニメと映画の感想

『平家物語』第3話「鹿ケ谷の陰謀」感想: あの日々にはもう戻れない

平家物語』第三話「鹿ケ谷の陰謀」

 

 

作品について

山田尚子監督とシリーズ構成・脚本の吉田玲子さんの新作。

古川日出男訳『平家物語』が原作。日本文学の古典。

 

 

メインスタッフについては別の記事に書いた。

films.hatenablog.com

 

ちなさんが絵コンテ・演出・原画。オープニングアニメーションの原画を描いていた。

 

w.atwiki.jp

w.atwiki.jp

 

 

配信

FODで先行独占配信中。

fod.fujitv.co.jp

 

 

 

感想

第2話から6年が過ぎた。

平維盛平資盛平清経の3兄弟は立派な姿になっているのに、びわはあまり成長しているようには描かれていない。びわの成長はわずか。びわが特別な存在であることを示しているのだろう。

 

厳島神社

平清盛の背後にある屏風は、第2話と同じく荒波の絵。栄枯盛衰。壇ノ浦を暗示している。

 

維盛の舞では雅楽が奏でられる。

 

「しかと祈るのだ。何としてでも徳子がお子を授かるようにな」

男の子のことであって、女の子のことではない。

かつては、希望する性別の子どもを産まなかったとして女性が責められていた。また、子どもが産まれないときは女性が「石女(うまずめ)」と罵られた。昔はどこの国、地域、文化、宗教でも同様の扱いだったようだ。自然科学が進歩していない時代の話……のはずだが、21世紀になってもいまだにそのような世界があるという。

最近になるまで、不妊症の要因は男性にも女性にも可能性があること、年を取ると精子卵子も生殖能力が落ちてしまうことなどは知られていなかった。

性別を決める要素は精子の性染色体(X染色体かY染色体)であり、卵子はX染色体を持つ。生殖器の発達は性分化という。胚はデフォルトでは女性生殖器が作られる。Y染色体を持つ場合には、Y染色体遺伝子の作用とその後はホルモンの影響で男性生殖器になる。
http://nature.cc.hirosaki-u.ac.jp/lab/3/animsci/text_id/Sex%20Determination.html

 

「むしろね、子どもなんてできないほうがいいのかもしれないわ。産まれたら可愛いでしょうよ。でも、いろいろと辛い思いをさせてしまうことになるかも」

周囲から望まれている男の子なら天皇の後継者にさせられる。女の子なら、自分と同じように抑圧された生涯と、政略結婚と、「子孫を産む機械」の扱いが待っている。

側近や家臣などの派閥争いで、神輿に担ぎ上げられる。さらに、天皇や国王の子どもなら、皇位継承権・王位継承権を巡り暗殺される危険性がある。

徳子自身も、平家に不満を抱く人たちから、命を狙われたり、子ども(男の子)が産まれないようにと呪いをかけられているかもしれない。

夢枕獏さんの伝奇小説『陰陽師』シリーズおよび、滝田洋二郎監督、福田靖&夢枕獏&江良至脚本、野村萬斎さん主演『陰陽師』(2001)のように。

films.hatenablog.com

 

「ああ! この格好ですと、着替えてまいりますから少しお待ちください」と"棒読み"の資盛が立ち去った後、カメラが左に少し pan するのがいい。資盛は、徳子に仕える女御に格好いい姿を見せたいので正装した。

徳子が左手を口のそばにあてたので、内緒話に気づいて、びわが左手で髪をかき上げ左耳を徳子の口元に近づけるお芝居が可愛い。日常芝居が巧み。

びわの、徳子のささやきを聞いて驚いた表情が可愛い。

 

後白河法皇の「滋子に会いたい」とは、平滋子は安元2年(1176年)に35歳(数え年)で死去したから。

films.hatenablog.com

徳子に仕える女御も、だから「お寂しいのでは」と言っていた。

「わかります。側にいて欲しい方に会えないのは、本当に寂しいものでございます」と感情をこめて女御に伝える資盛だが、女御は資盛の言葉の意図に気づいていない。もちろん資盛の気持ちにも。あきれる徳子とびわ

「すまぬな、徳子」「いいえ。行ってらっしゃいませ」の会話は、正室の徳子ではない女性に逢引に行くことへの謝罪(またの名を「罪滅ぼしのつもり」)の意味が込められているし、徳子もそれを承知したうえで送り出している。徳子は、帝の子ども(息子)を授からないことへの負い目があるから。

「帝はいろいろと窮屈な思いをしておられるのよ。心が慰められる場所があるのはいいことだわ」という徳子の言葉は、自分の境遇を重ね合わせている。

このとき女御は顔を少し俯け、右に目をそらしている。お仕えする徳子様の心中をお察しして、彼女の顔を見ないようにしている。

徳子はわずかに微笑み、瞬きし、目を伏せる。

そんな徳子の気持ちを察して、沈んだ空気を払いのけるように、「では、法皇様のお相手は私(わたくし)がいたしましょう!」と膝を打つ。驚く女御、あきれる徳子とびわ

 

藤原師経(もろつね)が山寺で湯浴みしたいと頼んだが、断られたため、寺を燃やした。その寺は比叡山延暦寺の傘下にあり、延暦寺の僧・明雲は師経と兄・藤原師高(もろたか)の処分を求めている。2人の父・西光(藤原師光(もろみつ))は後白河法皇の側近なので、法皇に寛大な措置を求めている。

4月12日、山法師たちは神輿を担ぎ内裏に向かう。朝廷へ強訴。神輿は神の憑代だから攻撃してはならないと重盛は部下に命じたが、乱戦のさなかでは命令は守られなかった。

4月28日、安元の大火が発生。公家の屋敷や平重盛の屋敷などが焼け落ちた。

6月1日、俊寛、藤原西光、藤原成親後白河法皇らが平家打倒を企てていた。その場にいた多田行綱が清盛に密告したとされている。

第3話のサブタイトルになっている、鹿ケ谷の陰謀とは平家打倒の陰謀事件。安元3年(1177年)6月に起きた出来事。

 

安元の大火の描写がいい。エフェクト作画と撮影処理。

 

平治の乱で敗北し、源義朝は落ち延びる途中で殺害されたが、息子の源頼朝は生きている。

 

びわの疾走するシーンは、高畑勲監督、高畑勲&坂口理子脚本、スタジオジブリ制作『かぐや姫の物語』(2013)のオマージュだろうね。

高畑勲監督は『平家物語』のアニメ化を長年温めていた。

 

「お父もそう言った。言って……」

目の前で禿(平家の密偵)に父親を殺害されているので、「行かないで」「一緒に行く」というびわを拒絶できない重盛。びわを孤児にしてしまったことを後悔しているから。自分の意思ではないが、その平家の環境で生まれ育ち、現在その平家を率いている自分は、びわの父親の殺害に間接的に関与していると重盛は思っている。

 

 

演出

びわと維盛・資盛・清経の穏やかな日常。やがてこの愛おしい日々が失われてしまうことは知る由もない。

もっと岸まで、果てまで行こうと維盛・資盛・清経が歩き出すが、びわはその場から動かない。3人の仲睦まじい様子を傍観しているだけ。びわは観測者の役割を負っている。

3人のショットから、びわの未来視の右目のショットにモンタージュされている。transition に dissolve を使っているので、未来がないという儚さが強調されている。

びわは右目を閉じて、3人のもとへ歩き出す。

 

f:id:naotie:20210916075019j:plain
f:id:naotie:20210930074403j:plain
第1話(左)と第3話(右)のびわ平徳子 ©「平家物語」製作委員会

びわ平徳子は第1話の初対面でも第3話でも同じ構図を使って描かれる。時が経っても2人の関係はあまり変わらないことを表している。

それは、2人は意図的にその関係を維持しているから。未来視の能力を持つびわは親しい人たちもそうではない人たちも、今後どうなるのかを視て知ってしまっている。徳子は自分の置かれた立場を理解しており、びわを数少ない安寧の場所、心理的な避難所と認識している。そしてびわも徳子もお互いを大切に想っている。

平徳子はよく横目で遠いところを見る。呪縛から逃れられないのを承知しているから。

 

恋ひ恋ひて 邂逅(たまさか)に逢ひて寝たる夜の夢は
如何(いかが)見る さしさしきしと 抱くとこそ見れ

恋しくて恋しくて、その恋しい人とやっと逢えて抱き合った、その夜の夢は何を見よう。
互いの腕と腕を差し交わし、きしりと音がするほど抱きしめあう、そんな夢を見続けていたいよ。

恋い恋いて

後白河法皇が編んだ今様歌謡『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』に収められている。

平資盛後白河法皇が今様に興じ、それを鑑賞している平徳子びわと徳子に仕えている女御のシーンと、高倉天皇が小督局(こごうのつぼね)と逢瀬を重ねているシーンの cross-cutting。演出が徳子に対して意地悪だね(褒め言葉)。

なんて直截な演出だろうか。作画などの表現そのものは抑えているが。

高倉天皇と小督局の描写は、京都アニメーションでは描けなかった。京アニの企画製作およびアニメーション制作の方針からずれているから。京アニ作品は主に中学生高校生の青春の物語が多く、性的表現を含む「大人」の恋愛描写は最初から除外していた。恋愛・結婚・妊娠・出産・子育て・家族が題材の、石原立也監督、志茂文彦さんシリーズ構成・脚本『CLANNAD』でも、生々しい表現は避けていた。

会社のブランディングの観点からも、特に外国の厳しいレイティングの観点からも、もっともな経営判断だと思う。ただし、その環境に満足できないクリエイターがでてくるのも自然なこと。

 

延暦寺の山法師たちと相対するシーン。白黒の映像に、赤色だけさしている。平家の御旗の茶色。また神輿の上につけられている金色の鳳凰も強調されている。武士と山法師の立場を強調。赤色は言うまでもなく流血のメタファー。

パートカラーの演出。黒澤明監督、中井朝一&斉藤孝雄 撮影『天国と地獄』(1963)。この映画から影響を受けた、フランシス・フォード・コッポラ監督、スティーヴン・H・ブラム撮影監督『ランブルフィッシュ』(1983)、スティーヴン・スピルバーグ監督、ヤヌス・カミンスキー撮影監督『シンドラーのリスト』(1993)などが知られている。

 

films.hatenablog.com

 


「平家を倒す」と「酒瓶を倒す」をかけている。そして杯で首を斬り落とす。

 

椿が落ちた(首が落ちた)瞬間、かき鳴らされていた琵琶の音がピタリと止まる。音響演出。

 

平重盛が父・平清盛を武力を用いてでも止めると言ったシーン。重盛と清盛の間に太い柱がそびえ立っており、2人を分断している。2人の立場の違いを表している。

重盛の「忠ならんと欲すれば孝ならず。孝ならんと欲すれば忠ならず」という二律背反、ジレンマを、左右の陣営で争う双六のメタファーで表現する。

 

 

ボトリと落ちた椿の花は斬首のメタファー。

 

 

感想記事の全文は pixiv FANBOX に掲載しています。

naotie.fanbox.cc

 

 

余談

パインジャム所属の今岡律之さんが作画監督。米田和弘監督、PINE JAM制作『かげきしょうじょ!!』(2021)で、原画・作画監督作画監督補佐・総作画監督総作画監督補佐と、シリーズを通して参加していた。『かげきしょうじょ!!』は先行制作だったので、『平家物語』にも参加できたのかな。

秋竹斉一さんが作画監督と原画。多くの京都アニメーション作品で小物設定(プロップデザイン)をしていた。『小林さんちのメイドラゴン』第2期では小物設定だけで、原画などは担当していなかった。『平家物語』にメインスタッフとして参加しているということは、京アニを離れたのだろうか? プリプロダクションの工程であるプロップデザインを終えて。『小林さんちのメイドラゴン』第2期はかなり前から制作していたようだし。京アニ プロ養成塾のサイトから秋竹斉一さんの名前が消えていた。
https://w.atwiki.jp/sakuga/pages/753.html
https://w.atwiki.jp/anime_wiki/pages/1033.html

齊藤佳子さんが作画監督。徳本善信監督、Nexus制作『こみっくがーるず』(2018)のキャラクターデザイン・総作画監督がとてもよかった。
https://w.atwiki.jp/sakuga/pages/2028.html
https://w.atwiki.jp/anime_wiki/pages/13390.html

 

山口明子さんが原画。
https://w.atwiki.jp/sakuga/pages/1194.html
https://w.atwiki.jp/anime_wiki/pages/15591.html

もああん(Moaang)さんが原画。

https://w.atwiki.jp/sakuga/pages/2049.html
https://w.atwiki.jp/anime_wiki/pages/26749.html

斎藤圭一郎さんが原画。夏目真悟監督、マッドハウス制作『Sonny Boy』(2021)で第3話の絵コンテ・演出、第8話の絵コンテ・演出・作画監督をしていた。
https://w.atwiki.jp/sakuga/pages/2055.html
https://w.atwiki.jp/anime_wiki/pages/23823.html

松尾祐輔さんが原画。
https://w.atwiki.jp/sakuga/pages/968.html

 

絵コンテ・演出のちなさんの伝手なのか、ウェブ系アニメーターが何人も参加している。

 

 

藤原成親を演じた森宮隆さんは、『NCIS』のトニー(アンソニー・ディノッゾ)の吹き替えをしていた声優さん。

 

 

キャスト

びわ悠木碧
平重盛櫻井孝宏
平徳子早見沙織
平維盛入野自由
平資盛岡本信彦
平清経花江夏樹

平清盛玄田哲章
平時子井上喜久子
平宗盛檜山修之
後白河法皇千葉繁
平滋子:坂本真綾
高倉天皇西山宏太朗
平資盛(幼少期):小林由美子
平経子:本名陽子

村瀬歩
木村昴
宮崎遊
水瀬いのり
杉田智和
梶裕貴

平時忠青山穣
びわの父:杉村憲司
祇王井上喜久子
建礼門院右京大夫本泉莉奈

藤原西光:土師孝也
俊寛土田大
藤原成親森宮隆
明雲:ボルケーノ太田

 

 

第3話スタッフ

脚本:吉田玲子
絵コンテ・演出:ちな

総作画監督:小島崇史
作画監督:小島崇史、今岡律之、秋竹斉一、齊藤佳子、宮かなえ、五十子忍
作画監督補佐:太田琴美

プロップデザイン:寺尾憲治

原画:
山口明子 もああん
秋竹斉一 北川隆之
伊奈透光 牧野秀則
田巻智子 Uno
斎藤圭一郎 松尾祐輔
江﨑好絵 太田琴美
村越麻海 モコちゃん
吉岡春野 ちな

第二原画:
KAWAHAGI みやそ
鈴木優介 金子俊太郎
関根柚月 青山澪奈
武本大樹 内田大晟
Hakobera

WHITE FOX 伊豆高原スタジオ

SILVER LINK.
奥嶋大介 紀ノ國太雅
石井直樹 椛沢祥平
佐藤悠己

ノーマッド
足立和暉

動画監督:今井翔太郎

動画検査:
株式会社旭プロダクション 白石スタジオ
増井遼

動画:

色彩設計補佐:中村絢郁

色指定検査:
株式会社旭プロダクション 白石スタジオ
佐田絵里花 菅野宏香(管野宏香)

仕上げ:

美術制作:でほぎゃらりー

背景:

背景特効:福留嘉一

美術設定:久保友孝 片山久瑠実 大森崇

美術進行・設定制作:河田瞳

美術制作管理:小林毅

撮影監督補佐:富田喜允

撮影:佐々木景子

線撮:GKセールス

編集助手:榎田美咲

編集スタジオ:エディッツ

オンライン編集:
IMAGICA EMS
永芳信裕
塚根結衣

ラボマネージャー:畑和来

制作進行:進藤嵩平

 

オープニングアニメーション

絵コンテ・演出:山田尚子

作画監督:小島崇史

作画:
小島崇史 山口明子
うなばら海里 木曽勇太
古川良太 ちな
もああん Maring Song

ZEXCS
長屋誠志郎 松本翔

第二原画:
秋竹斉一 江﨑好絵

ZEXCS
佐藤菜穂

動画検査:今井翔太郎

動画:
小島崇史 今井翔太郎

ST.BLUE

色指定検査:今野成美

仕上げ:
MADBOX ST.BLUE
GKセールス

背景:久保友孝 大森崇

撮影:
出水田和人 佐々木景子
染谷和正

オープニング制作:進藤嵩平

 

エンディングアニメーション

絵コンテ・演出:山田尚子

原画:小島崇史

動画検査:今井翔太郎

動画:
小島崇史 杉薗朗子
ST.BLUE

色指定検査:今野成美

仕上げ:ST.BLUE GKセールス

背景:久保友孝

3D背景・コンポジット:テラエフェクト

撮影:出水田和人

エンディング制作:進藤嵩平

 

 

メインスタッフ

原作:古川日出男訳『平家物語』(河出書房新社刊)
監督:山田尚子
シリーズ構成・脚本:吉田玲子
キャラクター原案:高野文子
キャラクターデザイン・総作画監督:小島崇史
動画監督:今井翔太郎
色彩設計:橋本賢
美術監督:久保友孝
美術設定:久保友孝、片山久瑠実
撮影監督:出水田和人
撮影監督補佐:富田喜允
編集:廣瀬清志
音響監督:木村絵理子
音響効果:倉橋裕宗
録音調整:太田泰明
録音助手:小泉まい
音響制作担当:丹下雄二
選曲:reflexion
音楽:牛尾憲輔
音楽プロデューサー:中村伸一
音楽制作協力:安場晴生
音楽制作:ポニーキャニオン
歴史監修:佐多芳彦
琵琶監修:後藤幸浩
製作:遊佐和彦、桑田靖、高揚帆、菊池貞和、チェ・ウニョン、東山敦、小川泰
統括:高瀬透子
プロデューサー:竹内文恵、有田真代、尾崎紀子、中村伸一、チェ・ウニョン
アシスタントプロデューサー:菅原花、板垣茜
アニメーションプロデューサー:崎田康平
制作デスク:番匠彩子
設定制作:進藤嵩平
アニメーション制作:サイエンスSARU
制作:「平家物語」製作委員会(アスミック・エースフジテレビジョン、bilibili、ポニーキャニオン、サイエンスSARU、電通、BSフジ)